梅村 比丘 先生
(発達心理学)
広島大学の発達心理学研究室ってどういう研究室?
広島大学の発達心理学研究室は,杉村和美先生と梅村(私)で共同運営しています。是非,我々のホームページを見に来てください。また、私の研究についてのご質問などありましたら、是非メールください(umemura[@]hiroshima-u.ac.jp)。
以下、私の過去のインタビューへの返答を紹介していますので、私が研究で大切にしていることを感じとっていただければ嬉しいです。
赤ちゃんの不安はどこから来るのか?
ストレス社会といわれる現代はメンタルヘルスの面でもさまざまな問題が生じており、不安やストレスと向き合う心理学の重要性が、年々増していると思われる。心理学を専門とする梅村先生にご自身の研究内容について尋ねると、「一言で表現するなら不安をなくす研究です。人と人との関係性の大切さを理解し、人生の豊かさ、幸福とは何かを追求しています」と答えてくれた。
ベースとなっているのは、精神科医であり精神分析学者でもあるジョン・ボウルビィによって確立されたアタッチメント理論(日本語では愛着理論ともいう)で、この理論について先生はこう説明してくれた。
「人は不安な時に誰か重要な他者と一緒にいたいという特性を持っており、ボウルビィはそれを進化の過程の中で得たものだと主張しています。例えば大昔、捕食動物にとって格好の標的だった赤ちゃんは、厳しい生存環境の中、親という特別な他者といることで不安が解消され、安心感を覚えるという特性を身に付けたのだといいます。実証研究によるエビデンスも多いアタッチメント理論は、発達心理学や臨床心理学の分野で重要な理論として扱われています。
私の研究室では、この理論に基づきできるだけたくさんのエビデンスを得ようと、実際に赤ちゃんとそのお母さんや、子ども・児童・青年に協力してもらって、対人関係の発達や適応状況を観察する実験を行っています」
そもそも先生がこうしたテーマに関心を持ったのは、心に問題を抱える人の中には、不安や恐怖による不幸な体験が引き金となっていることがあり、研究を通じて、そういった人々の力になりたいと考えたからだ。どうすれば不安が取り除けるのか、具体的には感情を伴う認知の仕方をどう変えれば、心が軽くなり、生きやすくなるのか。これらの問い掛けに対する答えを得るため、先生は子どもとお母さんの関係性や、児童・青年の友人・恋人との関係性など、さまざまなエビデンスを収集している。
国によって異なる研究のアプローチがあるのか?
心理学の研究において、その国の文化や環境は重要な要素の一つといえるだろう。そういった点でも梅村先生が歩んできたキャリアは大変興味深い。アメリカの大学で学び、チェコ共和国でのポスドク経験を持つ先生は、異なる文化圏で心理学に触れており、ユニークな視点を持つ研究者として、とても貴重な存在だ。
では、アメリカとヨーロッパの心理学には一体どんな違いがあるのか? 実際に現地で体験した先生に尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「アメリカは論理的思考を大切にする文化圏です。そのせいか心理学も実証主義に基づいているように感じました。客観的なエビデンスを積み重ねて、真実にアプローチするのがアメリカのやり方でした。一方、ヨーロッパのアプローチはより理論に重きを置いた哲学的なものでした。これはヨーロッパが多くの哲学者を輩出した土壌だからでしょう。人々の間に哲学的な考え方が、自然と根付いているように感じましたね」
あくまでも先生個人の見解というが、2つの文化圏を体験した先生ならではの分析だ。しかし、それよりも興味深いのは「心理学における日本の役割だ」と先生は言う。
「アメリカでもなくヨーロッパでもなく、非欧米文化圏に属する日本は、心理学にとって重要なポジションにあると思います。これだけグローバル化した社会の中で、人類全体における『人』を理解するには、欧米文化圏の人たちだけでは判断できないことが必ず出てきます。そこで注目されるのが、欧米と非欧米をつなぐ位置にある日本の存在です。日本での知見が集まることは、非欧米および人類共通の理解につながりますので、日本でしっかりとエビデンスを出し、世界に向けて発信していくことが、心理学の発展にとって重要だと捉えています」
イノベーションの多くは、メインストリーム以外から着想を得ている。心理学の分野でも、本場である欧米ではなく、特殊な位置にいる日本の役割に大いに期待したい。
自文化の理解から異文化の相互理解ができるのでは?
アメリカで書かれた、心理学を駆使する行動経済の本を読むと、こうすれば売れるといった明確な方法論が書かれているが、曖昧な表現を好む日本では全く通用しないことも多いという。おそらく心理学のエビデンスを集める際も、同じようなことがあるのではないかと先生に尋ねてみた。
「アメリカで行った研究を同じように日本でやったとしても、やはり異なる結果が出たり、その理由さえ明確でなかったりします。アメリカやヨーロッパで実証されたことを基に、日本でのエビデンスを構築していく『Cross-cultural psychology approach:比較文化心理学』という方法が、必ずしも日本人の心理を理解する唯一の方法とは限らないのです。このアプローチは、欧米の人々が顕著に示す心理的な事象が日本人でも表れているかという問いを探ることに秀でていますが、日本人ならではの特徴や、日本人にとって大切な事象について明らかにするという課題にはあまり適していません。
そこで先生が試みているのは、『Cultural psychology approach:文化心理学』というアプローチだ。日本人の日々の生活の中から、日本人の心理的な特徴について理解していくことに重きを置いている。この方法が他文化と全く比較しないかというとそうではなく、異なる文化圏の研究者たちが、自分が属する文化圏での事象を世界に発信し、そこから多様な文化と比較することで人類全体の理解を助ける方法だ。日本人の心理について、良い特徴や悪い特徴、新しい特徴を発見をするために有益な方法である。梅村先生は、日本人の心理を理解するための車には、『比較文化心理学』と『文化心理学』の両輪が必要と考えている。
「さらに研究をしていて感じる点として、日本においてアメリカやヨーロッパと同じ結果が出ない・その理由が分からないという事実もあります。しかし、それも大切なエビデンスの一つですから、研究者として乗り越えなければならないハードルだと感じています。そしてまずは日本、あるいはアジアで起こっているオリジナルな事象を解明して、世界に発信していきたいと思います。それは研究者としての責務であり、私が日本に戻ってきた理由でもあります。アメリカやヨーロッパでの研究を経て、欧米と非欧米をつなぐ位置にいる私たち日本人は、世界の心理学の発展に寄与できる貴重な文化圏の人だということを実感しました。ある意味、私たちは心理学の貴重なサンプルになり得るというわけです」
欧米文化圏の人々にとって、日本はミステリアスな国と言われがちだ。しかし、彼らや逆に私たちが感じる違和感を明確にできれば、心理的プロセスの謎が一つ解明できるかもしれない。
自文化の理解から異文化の相互理解ができるのでは?
心理学の魅力はどのようなところにあると思いますか?
After obtaining a doctoral degree from an American university and undertaking a post-doctoral position at a Czech university, Associate Professor Umemura has been progressing with his research at Hiroshima University with the aim of reaching a comprehensive understanding of the development of relationships with significant others in a wide range of developmental stages. These include parent-child relationships built in infancy, friendly relationships in childhood, and romantic relationships in adolescence and adulthood, all of which he is researching using Bowlby’ s attachment theory. Furthermore, with the benefit of experiencing two different cultures in America and Europe, he understands the unique Japanese phenomena on a psychological level and recognizes the importance of communicating these to the world. In the future, based on the Cultural Psychology Approach, Dr. Umemura is eager to gather as much unique evidence about Japan as possible, as a valuable sample of a non-European and American culture.
以上の情報は、HIRAKU-Global Newsletter Vol.2 FY2020より抜粋しています。