広島大学教育学部 心理学教室

中尾 敬 先生
(認知心理学)

先生が知りたいことは何ですか。また、先生が「心」に関心を持ったきっかけを教えてください。

 「人はなぜ自分を知ろうとするのか」「自己の機能とは何か」といった自己に関わる問いがもともとの興味対象です。具体的な研究テーマとしては、自己に関連する情報の処理特性(自己関連付け効果、自己優先効果)や、自己が機能する状況の一つとして位置づけている自己の内的な価値基準による意思決定(internally-guided decision making)、そして脳機能の原理がどのように心理的側面に反映されているのか、といったことに関心を持って研究しています。また、研究者の友人や学生さんとの共同研究などを通して、取り組む研究テーマも広がっており、もともと私が取り組んでいた自己の側面とは異なる身体感覚(固有感覚、内受容感覚)や感情についての研究にも携わるようになりました。自分のもともとの興味関心を突き詰めるのも楽しいですが、人と議論しながら一緒に研究を行うのもかなり楽しいです。
 私が知りたいことと、心に関心を持ったきっかけの詳細については、個人サイトに記述しています。よろしければご参照ください。

先生の専門領域の魅力はどのようなところにあると思いますか?

 私の専門領域は認知心理学・生理心理学(心理学、認知科学、神経科学の融合領域)です。この領域の魅力としては、心について客観的、科学的に検討できるところです。本人が主観的には認識できていない心の側面についても検討できますので、心の捉え方もこの領域について学ぶことで変化すると思います。人の凄さだけでなく、愚かさも知ることができます。また、神経の機能原理から人の心の謎に取り組むこともできますので、心理学的な概念のみにとらわれずに、心について検討することができます。

研究に対する心構えや、普段留意している点などを教えてください。

 科学的であることです。より具体的には、これまでに実施されてきた研究を参考にしながら、できる限り厳密な実証データを蓄積し、論理的に妥当な結論と、さらなる仮説を導き出すことです。科学的であろうとすることは、自身や社会における常識を適切な証拠に基づいて考え直すことができる機会を重視するということでもあります。人は合理的判断が得意なようでそうでもありません。認知心理学における意思決定やバイアスの研究ではそのことが具体的に示されてきました。そのような限界も認識しつつ、なるべく合理的な思考・判断ができるように心がけています。
 また、研究を推進するための重要なエネルギー源は、「◯◯について知りたい」という興味・関心です。そのため、私が所属している認知心理学研究室では、メンバーそれぞれの興味・関心を重視して研究を進めています。

どんな研究手法を使って研究していますか?

 主に実験です。研究の目的に応じて、実験参加者さんに提示する刺激や、取り組んでもらう課題を工夫して(ときには刺激や課題を提示せずに)実験を行い、それらに伴う行動や神経活動を測定・解析して、人の心の動きや働きについて調べています。

先生の研究ではどのようなデータを取得するのでしょうか?

 客観指標である行動指標 (反応時間、誤答率、計算論モデルのパラメータなど) や生理指標(脳波、皮膚電気活動、心電図、脈波など)に加え、主観指標(心理測定尺度など)を用いて研究を行っています。客観と主観のズレも興味深いところです。

心理学という学問と人間社会の営みとのつながりについて、どのようにお考えですか?

 我々の心、言い換えれば、我々の自分や環境に対する感じ方、捉え方、考え方について理解するということは、我々が日々の生活で適切な判断・制御・行動をし、より良く生きるための基礎となるものだと思います。「人は◯◯といった捉え方をしてしまうものだ」ということを理解していれば、「でも実は正しい捉え方ではないので、□□といった捉え方をするように心がけよう」ということもできるでしょう。また、「人は◯◯といった認識をしてしまうものだ」という理解から、それはある程度致し方ないことでもあるため、自分や他者に寛容になることもできるかもしれません。我々の心に対する理解が、その後の我々の心と行動の有り様に影響し、我々が生活する社会環境や歴史を形成していきます。心についての理解と人間社会の営みとは必然的に密に繋がっていると言えます。
 ここで重要になってくるのは、「心理学が我々の心についての理解を助ける学問といえるのか」ということです。先人たちの研究成果には、そのように評価できるものはたくさんあります。これからも心理学がそうあり続けることができるのかは、これからの(私も含めた)心理学者の頑張り次第だと思います。

「役に立つ研究」という考えについて、どのようにお考えですか?

 何を「役に立つ」と捉えるかによって「役に立つ研究」がどのような研究を指すのかは大きく変わってくると思います。「誰かの知的好奇心を満たす」ことを「役に立つ」と捉えることができるのであれば、多くの研究はそのような「役に立つ研究」といえるでしょう。
 ですがおそらく、このご質問における「役に立つ」とは、より狭義なものでしょう。例えば、人間社会において共通した価値基準の一つとなっている「金銭の獲得につながる」、というような意味での「役に立つ」ということかなと思います。売れる商品やサービスの開発に直結する研究が役に立つ研究である、といった捉え方ですね。そのような研究やそれらを評価する基準があっても良いと思います。しかし、その評価基準だけになってしまうと、金銭の獲得に直結すると人が想像できる範囲内での研究のみが推進されるようになり、学問の発展を阻害することになりかねません。
 このような「役に立つ」ことが重要という価値基準に沿って考えたとしても、長期的な視点と謙虚さを持っていれば、金銭の獲得に直接つながりそうにもないように思える基礎研究が重要であることは理解できると思います。現在役に立っている基礎研究の成果を、その基礎研究が実施されていた時代に、このように役に立つと理解・想像できた人がどれだけいたでしょうか。過去の基礎研究の成果を享受しているからこそ現在の生活があるにも関わらず、現在行われている基礎研究がどのように役に立つのか理解・想像ができないからといって否定するような態度は、過去に生きた人々への感謝と将来世代への思いやりの欠如、そして自分の認識能力への過信から生じるものでしょう。
 少し話が逸れてしまいますが、我々の社会を維持・発展させていくためには、研究に直接携わっていない人々にも研究を行うことの意義が当たり前に理解してもらえるだけの社会的基盤が必要です。また、現代における貨幣についての適切な理解が広まることも必要でしょう。そのような社会の実現のためにも、教育の充実は大変重要であり、大学の教員は教育にも携わることのできる、やりがいのある仕事であると思っています。

広島の良いところを教えてください。

 瀬戸内の穏やかな海と島々の景色は見ているだけで癒やされます。広島市には川も多く、三角州に発展した街並みが特徴的で、街の規模感も私には程よく過ごしやすいです。厳島神社、広島城、大和ミュージアム、大久野島(近年はうさぎ島として有名になりました)などで、日本の重要な歴史を身近に感じることもできます。また、私は佐賀県出身ですが、広島東洋カープを多くの人が応援していることにも象徴されているように、地域への愛着を持っている人が多いのも、私にとっては居心地がよいです。

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