広島大学教育学部 心理学教室

服巻 豊 先生
(臨床心理学)

先生の研究領域で、このごろ面白いと思った研究を教えてください。

 私は臨床動作法という日本独自に開発された心理療法を用いた実践(障害児・者への発達援助,慢性疼痛患者への心理支援,慢性疾患患者(透析患者など)への心理支援)を行い,その効果検証を主たる研究のテーマとしてきました。近年の世界的研究動向では,身体運動が脳神経の活性化をもたらし,記憶や認知の改善,神経ネットワークの保護と成長を促すことが動物実験だけでなく,人を対象とした臨床研究でも数多く報告されています。そのメカニズムには,脳神経由来神経栄養因子(BDNF)が重要な役割を担っていることがわかっています。しかし,そのBDNFは脳で最初に発見されたので脳由来とされていますが,全身で生産,放出されています。特に,筋肉細胞では筋肉疲労の改善や修復に重要な働きを有していることが明らかにされています。アメリカのある州では,学校で毎朝,全校生徒に運動に取り組むプログラムを実践したら,生徒たちの成績が伸び,アメリカ内でも優秀な学校になったことが報告されました。臨床分野では,運動によるBDNFの増加がうつ病の改善だけでなく,アルツハイマー症や認知症の改善をもたらすことが報告されています。私の専門分野の慢性疼痛についても運動によるBDNF増加によって疼痛軽減効果があるとされています。それは血中濃度測定においてBDNF増加したことは,脳内でのBDNF増加を反映していると考えられています(BDNFは血液脳関門を通過できるのです)。ですが,動物実験では,脳脊髄におけるBDNF増加は,慢性疼痛を増悪させることが実証されています。このことは慢性疼痛に関するBDNFの役割が脳内・血中におけるもの(ホルモンのような動きと働き)と脊髄のもの(神経活動における働き)とは異なっていることを示しています。
 BDNFは,まだまだ未解明な分野であり,BDNFは一時は世界中の研究者が飛びついて研究したのですが,あらゆる影響をもたらすBDNFの真のメカニズム解明にはいたらなかったようです(カロリンスカ研究所の主任研究者曰く)。臨床医療の研究分野では,さらに近年増加している心不全の予後予測にBDNFの血中が関与し,血中BDNFが多い心不全患者は少ない患者よりも予後が良いという報告もあります。
そんな世界的な研究動向を見ていくと,運動とBDNFに関係があり,脳,身体面や精神面によい影響があることは間違いようです。
 臨床動作法というからだの動きに働きかけてこころをマネジメントやケアをする心理療法に興味を持つ私としては運動とBDNFの関係はとても関心が高いし,面白い研究だと思っています。

先生の研究の核心的な問いは何ですか?

 私の研究の核心的な問いは,「エンパワーメント」です。
 私は,臨床実践においても臨床心理学研究においても,「人を笑顔にする」ということを大切にし,取り組んできました。
 現在,医療現場における臨床実践研究のフィールドは残念ながらありません。しかし,病院のコンサルテーションという役割で,看護師を中心としながら管理職,心理職,臨床工学技士,事務スタッフなど,病院というコミュニティのなかでのスムーズなコミュニケーションを促したり,それぞれのコンサルティが有する力(専門性等)を発揮できるようにエンパワーメントしています。
 2023年度からは,東広島市と広島大学との共同研究として乳幼児健康診査(以下,健診)からの親子の切れ目ない支援・フォロー体制を作るという事業もスタートしました。服巻研究室メンバーを中心としながら,母子保健事業の中心的存在である保健師さんたちのエンパワーメントから,地域住民としての親子を元気にする取り組みをしています。まず最初に取り組んだことは,1歳半健診後にフォローアップ体制の1つとして支援センターと子ども家庭課と服巻研究室とで共同し,「2歳の日」として子育てに不安や気がかりがありそうな親子を集めて集団親子遊びの場を作りました。そこでは設定した遊びのなかで親子で遊べるようなプログラムを実践し,それぞれの親子に担当者を配し,担当者は親子の「いいとこ見つけ」をしていきます。プログラム終了後には,担当者から保護者と幼児に「いいとこ発見」のフィードバックをしていきます。こうした場では,幼児や保護者だけでなく,支援者側も笑顔になり,全体の雰囲気がエンパワーメントされます。エンパワーメントを受けた保護者は,帰ってからの元気の糧にしてくれるでしょう。
 それ以外にも,服巻研究室では動作を用いたストレスマネジメント教育プログラムも実践し,効果検証を長年にわたって行ってきています。その成果は,広島大学リポジトリに掲載されています。ストレスマネジメントも人々のエンパワーメントとして位置づけることができます。
 こうした研究は,私ひとりではなく,研究室の学部生,院生たちと一緒に取り組んでいます.コンサルテーションにもゼミ生たちと私でコンサルティの話を聞いており,ストレスマネジメント教育プログラムにもメンバーと一緒に行きます。東広島市で行っている「2歳の日」では,学生さんたちが重要な役割を担っています。
 人々の笑顔を目指して一緒に臨床実践研究をしていきましょう。

どこで研究していますか?

 コンサルテーションは,病院に毎月1-2回訪問し,コンサルティ―の相談を受けています。ストレスマネジメントの効果研究は,大学の学生を対象とする場合,病院看護師を対象とする場合,地域住民を対象とする場合もあり,それぞれの対象のおられる場所(大学,病院,ケアハウス,地域会場)に出向いて実践研究を行っています。コロナ禍においては,オンライン上でストレスマネジメント教育プログラムを実施し,その前後で心理テストに回答してもらう方法も導入しています。
 今後は,BDNFに注目しているのでどこか医療関係の研究機関と共同研究ができればよいなと思っています。

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